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大分家庭裁判所 昭和50年(家)23号 審判 1977年1月27日

主文

被相続人林みね(昭和四七年一二月八日死亡)の遺産をつぎのとおり分割する。

1  別紙遺産目録記載一、二の土地は申立人林清治が取得する。

2  同目録記載七の合資会社○○○○への貸付金三九五、五三五円、相手方林正則に対する昭和五一年一二月までの別紙目録一、二の土地にかかる地代債権計六、二八五、〇〇〇円は相手方村田広志が取得する。

3  相手方林正則は遺産を取得しない。

4  申立人は相手方村田広志に対し一、七四五、四〇五円を支払え。

5  不動産鑑定費用はこれを五分し、その各二は申立人および相手方林正則の負担とし、その余は相手方村田広志の負担とする。

理由

一  申立の趣旨と実情

申立人は被相続人林みねの遺産の分割を求めたが、その実情とするところは

1  申立人は被相続人林みねの二男、相手方林正則はその長男、相手方村田広志は被相続人が申立外村田源一との間にもうけた非嫡出子である。

2  被相続人は昭和四七年一二月八日最後の住所地で死亡し、相続が開始した。

3  被相続人の遺産は別紙目録記載のとおりであるので、各自の相続分にしたがい適正な分割を求める。

というのである。

二  当裁判所の判断

1  当事者の相続分

被相続人林みねが昭和四七年一二月八日最後の住所地である大分県別府市○○×丁目×番××号で死亡し、相続が開始したこと、その相続人が長男の相手方林正則、二男の申立人林清治、非嫡出子の相手方村田広志の三名であることは、記録中の戸籍、除籍の各謄本により明らかで、被相続人が遺言をしたことが認められない本件においては、相続人らの相続分は法定どおりのものであり、すなわち申立人と相手方正則は各五分の二、相手方広志は五分の一となるのである。

2  当事者の生活史

本件各当事者および林マチ子に対する審問結果ならびに長崎家庭裁判所佐世保支部に対する調査嘱託の結果を総合すると下記の事実を認めることができる。

(1)  申立人は○○○経営と○○業を営む父林康治と被相続人の二男として、昭和二年一二月六日門司市で出生した。昭和二〇年に門司市の○○中学を卒業、二年間浪人した後、福岡県立の○○高等学校を卒業、昭和二五年に○○大学○学部に入学、同二九年に同校を卒業し、昭和三〇年に○○免許を取得、昭和三〇年から三一年にかけて○○勤務をした後大学の研究室に戻り、昭和三四年九月から同三七年六月まで再び○○勤務、同三七年八月熊本市で○○○を開業し、今日に至つている。資産として現住所に宅地約六六〇平方メートル、同地上に○○の建物を所有している。昭和四九年度の申告所得額は約九、〇〇〇、〇〇〇円、妻と子供二人の四人家族である。

(2)  相手方正則は被相続人の長男として大正一四年三月二〇日小倉市で出生した。昭和一七年に門司市内の旧制中学を卒業後○○大学専門部○科に入学、昭和一九年現役入隊、同二〇年に別府市に復員し、以後父母と生活を共にした。当時父母は後記のとおり別府市で○○業を営んでいたのでこれを補助、昭和二七年より別府、大分の市内で○○○を経営するようになり、昭和三四年別府市に合資会社○○○○を設立する。○○○経営の外、昭和四二年に上記○○の建物を撤去してその跡地(別紙目録一、二の土地)とこれに隣接する同目録三、四の土地上にかけて自己と妻マチ子名義の四階建店舗兼共同住宅(アパート)を建築し、占有管理している。長男は○○員、二男は○大○学部に在学中で、長女は結婚している。現在上記共同住宅の一室で生活しており、月収は一、二〇〇、〇〇〇円を下らない。

(3)  相手方村田広志

被相続人が申立外村田源一と同棲中、大正六年三月三日に生んだ非嫡出子である。被相続人は源一の母の反対で正式に源一と婚姻することができず、後に林康治と結婚した。広志は三歳の年から源一の母や祖父母に育てられ、二一歳で始めて被相続人の存在を知つた。その頃から被相続人方に出入りするようになり、資金や就職の世話等生活上の援助も受けた。昭和五〇年一二月より現住所で○○○を経営、月収一四〇、〇〇〇円程度。不動産は所有しない。

3  相続財産の一般的形成過程

申立人、相手方正則、申立外林マチ子に対する審問の結果、申立人と相手方正則作成の各陳述書、記録中の戸籍、除籍の謄本、不動産登記簿謄本を総合するとつぎの事実を認めることができる。

すなわち被相続人は前記のとおり村田源一と婚姻することができず大正一二年に林康治と婚姻した。康治は前記のとおり小倉、門司方面で○○○を経営する外、○○業も営んでいたが、被相続人は○○○経営には熱心に協力した。康治は糖尿病の持病があつて十分な仕事ができなかつたため、被相続人の発言権は次第に増大するようになつた。昭和一七年に康治らは戦争の激化もあつて○○○経営を断念し、別府に移住し別紙目録一、二の土地を被相続人名義で買い入れて同地上に○○○なる○○を経営した。その○○は火事で焼失したが、再建し、○○○○なる名称で経営を続けた。昭和二四年に康治は死亡。被相続人は相手方正則夫婦の協力で○○経営にあたつたが業績は次第に低下し、昭和三四年頃、○○業に転じた。しかし業績は振わず、昭和四二年に相手方正則が被相続人の了解をえて上記建物を撤去し、○○金融公庫の融資で同地上と隣接の別紙目録三、四の土地上にかけて鉄筋コンクリート陸屋根四階建店舗兼共同住宅(延坪一七四六、三九平方メートル)を建築、自己とマチ子の共有名義に保存登記した。この建物建築に際し、正則は別紙目録一、二の土地に関し被相続人との間に賃貸借契約を結び、地代として月額一〇〇、〇〇〇円を支払うことを約したのである。

4  相続財産の範囲と価額

申立人、相手方林正則、申立外林マチ子に対する各審問の結果、申立人、相手方正則作成の陳述書、不動産登記簿謄本、相続税申告書の写し、鑑定人○○○○の鑑定結果を総合し、問題となる各物件につき検討を加える。

(1)  別紙目録一、二の土地

この土地が被相続人の遺産であることは当事者間に事実上争いがなく、前項記載の経過によつても疑いを容れないところである。なお目録二の土地は鉱泉地として登記されているが、温泉源は閉鎖されていて、現存しない。この目録一、二の土地の一括評価額は昭和四七年一二月八日現在において更地価額二九、六三八、〇〇〇円、底地価額一三、六三九、〇〇〇円、借地権価額一五、九九九、〇〇〇円、昭和五一年二月二一日現在において底地価額一四、九五〇、〇〇〇円である。

また目録一、二、三、四の土地の一括評価額は昭和四七年一二月八日時点において更地価額五八、四七三、〇〇〇円、底地価額二六、八〇〇、〇〇〇円、借地権価額三一、六七三、〇〇〇円、昭和五一年二月二一日時点において底地価額は二九、五四一、〇〇〇円である。

(2)  別紙目録三、四の土地は、昭和一九年に相手方正則名義で売買による所有権取得登記がなされている。同人は当時○○大学専門部の学生から現役入隊中で所得がなかつたのであるから、買受代金は父の康治か、母の被相続人のいずれかが支出したものと考えられる。しかして前記のとおり目録一、二の土地がこれより先の昭和一七年に被相続人名義で所有権取得登記がなされていること、当時家計の実権が被相続人に移転しつつあつた点を考えると、この買受代金は被相続人の出損にかかるものと推定するのが妥当であろう。しかしてこの目録三、四の土地は相手方正則の現役入隊中に同人名義で購入されたものであること、正則は長男であること等を考慮すれば、被相続人が同人の壮行を祝し、贈与の意思で買い与えたものとみるのが最も素直な考え方であると思われる。したがつて、この土地は相続財産ではなく特別受益として考慮するのが相当である。

(3)  別紙目録五の現金一、三八五、〇〇〇円

この金額は相続税申告書に記載されているものであるが、相手方正則審問の結果によると実質上は後記地代債権と解され、相続開始当時現存していたことが認められない。

(4)  別紙目録六の衣類

これも上記相続税申告書に記載されたものであるが、申立人審問の結果によると既に形見分けの形で相手方林正則から申立人を含む親戚、縁者に分与され、現存しないことが窺われるので当審判の対象から除外する。

(5)  別紙目録七の合資会社○○○○への貸付金三九五、五三五円

この分も前同様相続税申告書に掲げられているが、相手方正則審問の結果によると、上記金額は相手方正則を契約者、被相続人を被保険者とする○○生命保険(○○生命)が相続開始前の昭和四六年三月一九日に満期となり、相手方正則が同会社からの借入金を清算して受領した金額であつて、保険会社から合資会社○○○○に入金されており、同会社では帳簿上被相続人からの借入金として記入されていることが認められるので、相続財産と解して差支えないと思われる。

(6)  電話加入権

申立人提出の加入譲渡承認通知書の写しによると、被相続人は昭和一七年三月二四日別府郵便局第八二四号の電話加入権を取得したことが認められるが、相続開始当時に現存していたことを認めるにたる証拠がないので、分割審判の対象から除外する。

(7)  地代債権

昭和四二年に相手方林正則が被相続人に対し、地代として月額一〇〇、〇〇〇円の支払いを約したことは前認定のとおりである。しかして相手方正則の陳述によると、相続開始時における未払地代額は一、三八五、〇〇〇円であり、かつその後の地代は全く支払われていないことが認められる。上記金一、三八五、〇〇〇円の外、相続開始後の昭和四七年一二月から昭和五一年一二月までの地代額合計金四九〇万円は相続財産から生じた収益として相続財産と同視すべきである。

5  租税の立替納付等

相手方正則は被相続人の存命中よりその所得税、固定資産税、住民税等を代納し、また相続開始後も固定資産税を代納したと主張するが、このうち相続開始前の分は被相続人の債務であつて分割の対象とならないし、相続開始後の固定資産税の代納についても、これを相続財産の経費とみて分割審判の対象にする余地はあるけれども、本来は訴訟事項と解されるので本件審判の対象にしないこととする。

また相手方正則審問の結果によると、同人は被相続人名義の預金二〇万円ないし三〇万円の払戻しを受けたことが認められるが、この払戻額についても同様に解すべきである。

6  相手方林正則の寄与について

相手方正則は昭和二〇年に復員して以来、被相続人と生活を共にし、その営んでいた○○業や○○業に協力した外、被相続人を扶養していたことが認められるが、昭和二〇年以後は被相続人の財産は全く増加しておらず、加えて相手方正則は昭和二七年頃より○○○経営等自己の事業に力を注いでいたことが同人に対する審問結果により認められ、また前記のとおり別紙目録一、二の土地上に自己所有の建物を建築して経済的に有利な立場に立つていることを考えると、相手方正則の寄与分を考慮しないことがむしろ公平の観念に合致すると考えられる。

7  特別受益について

(1)  申立人の特別受益

申立人は前記のとおり中学卒業後浪人し、○○高等学校を経て、○○大学○学部を卒業し、その後○○の資格をうるまで被相続人から学資、生活費等の援助を現金で受けていたこと、また昭和三七年に開業するに際し、○○機械一式を買い与えられたことが前掲各審問の結果により認められ、これは申立人の特別受益として考慮すべきである。申立人と相手方正則審問の結果によると、申立人は昭和三〇年に○○資格を取得後も被相続人から生活費の援助を受けていたことが認められるが、これは親族扶養とみるべきであろう。しかして○○機械一式を買い与えたのが被相続人であるか、はたまた相手方正則であるかはやや分明を欠くきらいがあるが、この機械一式は申立人が相続権放棄の代償として買つてもらいたい旨申し出たものであること、被相続人は当時○○業に引続き○○業を営んでいる時期で経済的余力がないではないと推定されること、等を考えると、相手方正則が一部肩替りした事実が認められるけれども、被相続人が相続財産の前渡しとして買い与えたものと考えるのが素直な見方と思われる。しかして前掲学資金の合計額は昭和二〇年から昭和三〇年頃まで一一年間で平均月額六、〇〇〇円計七九二、〇〇〇円前後と推定される。また相手方正則の審問結果によると上記○○器具の実際価額は九〇〇、〇〇〇円であつたことが認められ、これを相続開始時の価額に引き直して正確に計算することは型式に進歩の著しい機械類の性質に照らし困難であるので、物価水準の推移等に照らし、その二倍の一、八〇〇、〇〇〇円と見積ることとする。

なお相手方正則は申立人の結婚式の費用も被相続人が支出しているので特別受益である旨主張するが、結婚式の費用のごときはこれに含まれないと思料される。

(2)  相手方正則の特別受益

別紙目録三、四の土地を相手方正則の特別受益財産と解すべきことは前認定のとおりである。しかしてその評価額は同目録一、二、三、四の土地の更地一括評価額から一、二の土地の更地評価額を差引いて算出することとする。なお相手方正則は昭和一八年から一九年にかけて約一年間○○大学専門部に在学し、月額一〇〇円前後の学資金を被相続人から給されたことが正則の審問結果により認められるが、その合計額は一二〇〇円を超えないと考えられるので、ここでは計算から除外する。

この外申立人は、相手方正則が門司市にあつた申立人名義の借家を勝手に売却した外、被相続人が貸金の代物弁済として申立外岡村平三郎から取つた別府市内の○○○(○○○の跡地)を売却したと主張するのであるが、申立人名義の貸家の件は遺産分割とは関係がないし、また○○○の跡地も一たん被相続人の所有に帰したうえで相手方正則が売却し売得金を領得したものかどうかが明確ではないので、判断の対象から省くこととする。ちなみに相手方正則の妻は岡村平三郎の姪であり、正則は上記土地は岡村平三郎から買い取つたものと主張している。

(3)  相手方村田広志の特別受益は存在しない。

8  遺産分割に関する当事者の意見と事前協議の有無

申立人はほとんど事前協議を経ることなく本件申立に及んだ。その背後には、○○開業費の調達に端を発した兄正則に対する長年の感情的な対立があつたものと推定される。

分割に関しては、申立人は現物分割を、相手方正則は価額分割を主張し、相手方広志には特に希望意見はない。

9  そこで各人の具体的相続分につき検討するに、本件遺産の最重要部分を占める不動産価額が相続開始時と不動産鑑定時との間に若干の差があるので、公平を期するため、相続開始時における各人の具体的相続分を算出し、その額を按分比例して分割時における各人の具体的相続分を算出すると下記のとおりとなる。なお現在の地価の変動状況に鑑みると上記鑑定時たる昭和五一年二月と現在とではその価額はほとんど差異はないものと考えられる。

上記按分比例は特別受益分を含めて計算し、特別受益分以外の遺産取得分を比例することとした、遅延損害金は算入しない。

相続開始時

分割時

A 現存遺産

<1>目録一、二の土地の底地価額

一三、六三九、〇〇〇円

一四、九五〇、〇〇〇円

<2>合資会社○○○○への貸付金

三九五、五三五円

三九五、五三五円

<3>地代債権

一、三八五、〇〇〇円

六、二八五、〇〇〇円

一五、四一九、五三五円

二一、六三〇、五三五円

B 申立人の特別受益分

<1>学資金

八〇〇、〇〇〇円

八〇〇、〇〇〇円

<2>○○器具一式

一、八〇〇、〇〇〇円

一、八〇〇、〇〇〇円

二、六〇〇、〇〇〇円

二、六〇〇、〇〇〇円

C 相手方正則の特別受益分

別紙目録三、四の土地の更地価額

二八、八三五、〇〇〇円

三一、九五一、〇三五円

上記三、四の土地の昭和五一年二月二一日当時の更地価額は別紙目録一、二、三、四の土地と一、二の土地の底地価額の相続開始時と昭和五一年二月二一日の評価額の変代率により更地価額を求め、一、二、三、四の土地価額から一、二の土地価額を差引いて算出した。

一四、九五〇、〇〇〇円/一三、六三九、〇〇〇円=一、〇九六一(一、二の土地価額の変化率)

二九、六三八、〇〇〇円×一、〇九六一=三二、四八六、二一一円

(一、二の土地の昭和五一年二月二一日当時の価額)

二九、五四一、〇〇〇円/二六、八〇〇、〇〇〇円=一、一〇二(一、二、三、四の土地価額の変化率)

五八、四七三、〇〇〇円×一、一〇二=六四、四三七、二四六円

(一、二、三、四の土地の昭和五一年二月二一日当時の価額)

六四、四三七、二四六円-三二、四八六、二一一円=三一、九五一、〇三五円

相続開始時における各人の具体的相続分は下記のとおりである。

<1>  相手方正則

一五、四一九、五三五円+二、六〇〇、〇〇〇円+二八、八三五、〇〇〇円=四六、八五四、五三五円

四六、八五四、五三五円×五分の二=一八、七四一、八一四円

一八、七四一、八一四円-二八、八三五、〇〇〇円=-一〇、〇九三、一八六円……すなわち0

<2>  申立人、相手方広志

四六、八五四、五三五円×五分の三=二八、一一二、七二一円

二八、一一二、七二一円-一〇、〇九三、一八六円=一八、〇一九、五三五円

一八、〇一九、五三五円×三分の二=一二、〇一三、〇二三円

一二、〇一三、〇二三円-二、六〇〇、〇〇〇円=九、四一三、〇二三円……(申立人の具体的相続分)

一八、〇一九、五三五円×三分の一=六、〇〇六、五一一円……(相手方広志の具体的相続分)

分割時における各人の取得額

相手方正則〇円

申立人

21,630,535円×(9,413,023円/9,413,023円+6,006,511円) ≒ 13,204,595円

相手方広志

21,630,535円×(6,006,511円/9,413,023円+6,006,511円) ≒ 8,425,937円

となるのである。

10  そこで本件遺産につき各人の長体的分割内容について検討するに、遺産分割は現物分割が原則であつて、申立人もこれを希望している点を考慮すると、申立人には別紙目録一、二の土地を取得せしめたうえ分割時の底地価額との差額一、七四五、四〇五円を相手方広志に支払わしめ、その余の遺産すなわち合資会社○○○○に対する貸付金三九五、五三五円、相手方に対する昭和五一年一二月末日までの地代債権六、二八五、〇〇〇円を相手方広志に取得せしめることとし、手続費用の負担につき家事審判法第七条、非訟事件手続法第二六条を適用して主文のとおり審判する。

別紙<省略>

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